【防府市】いただきものの「めいじやのきんつば」を堪能した!!

ぐるめのはなし
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どもです。ポンコツ@親父(@xxxtks1969xxx)です。

 

毎日雪マークの今日この頃です。

 

またまたインフルエンザが激増するのかなぁ・・。

 

おすそ分けで「めいじやのきんつば」と出会う。

 

特に年末年始くらいから、色々からおすそ分けをいただいています。

 

 

 

おすそ分けをいつももらってばかりってのも、アレなので・・・お返しを考えるのも結構大変ですね(´・ω・`

 

今回は防府市に行かれた方からのおすそ分けで、「きんつば」をいただきました。

 

 

「幸せます」って結構使ったりするんですよね・・・実は!!

 

メール文の中でも、「〇〇していただけると、幸せます」って感じでww

 

面白いですよね、方言ってww

 

 

そもそも、「きんつば」とは

 

概要

現在よく見られるのは、寒天を用いて粒餡を四角く固めたものの各面に、小麦粉を水でゆるく溶いた生地を付けながら、熱した銅板上で一面ずつ焼いてつくる「角きんつば」であるが、本来のきんつばは、小麦粉を水でこねて薄く伸ばした生地で餡を包み、その名の通り日本刀のつばのように円く平らな円型に形を整え、油を引いた平鍋で両面と側面を焼いたものである。

サツマイモでつくった芋餡を包んだもの、もしくは、四角く切った芋ようかんの各面に生地を付けて焼いたものは「薩摩きんつば」「芋きんつば」と呼ばれるものになる。

歴史

もともとは江戸時代中期に京都で考案された菓子であり、上新粉(米粉)で作った生地で餡を包んで同様に焼いたものであった。当時は、その形状と色から「ぎんつば(銀鍔)」と呼ばれていた。製法が京都から江戸に伝わると、生地の材料が上新粉から小麦粉になり、また、「銀よりも金のほうが景気が良い」との理由から、名前が「きんつば」に変わったとされている。

現在の「角きんつば」は、神戸元町の紅花堂(現在の本高砂屋)の創業者である杉田太吉により明治時代に考案されたものである。

富山県高岡市戸出地区などでは現在も円型でつばの文様を付けたきんつばが残っている。

 

wikipediaより

 

若いころは和菓子には全く興味が無かったのですが、ここ数年は粒あんを食べても美味しいと思うようになりまた。・・・って言うか、なってしまいましたね。

 

やはり、年齢によるものなのでしょうかね・・・・(´・ω・`)

 

そして、「きんつば」を食べてみる。

 

最初にいただいたのが、栗きんつばです。

 

 

上品に四方を生地で包んである中に、栗の色合いが多数見えます。

 

普段はそのままかじるのですが、ブログ用に手で割ってみました。

 

 

栗のゴロっと感が贅沢ですね^^

 

餡が変に甘くなく、上品で凝縮された甘さを感じることができます。

 

栗も程よい甘さに仕上げられていて、主張することなく餡とのバランスが絶妙って感じです。

 

まとめ

 

調べてみたところ、「めいじや」ってのは、防府市の防府天満宮の参道沿いにある老舗和菓子屋のようですね。

 

 

このきんつばも、防府市内のスーパーでも販売されているようです。

 

チャンスがあれば、ぜひお試しあれww

 

 

 

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